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新潟地方裁判所 平成4年(ワ)334号 判決

原告 甲野太郎

被告 乙山次郎

主文

一  被告は原告に対し、金一一一四万二一七〇円及びこれに対する平成三年一〇月三一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  主文一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文一項と同旨(但し、請求元本額を三〇〇〇万円と読み替える。なお、請求金額は、九三九七万一二三〇円の内金である。)

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  身分関係

甲野花子(後記の心中事件当時一八歳。以下「花子」という。)は、原告と甲野芳子の間の長女であった。

2  本件心中事件の発生

被告と花子は心中を図り、平成三年一〇月三一日午後一〇時ころ、新潟県小千谷市〈番地略〉付近農道上に停車中の乗用車内に排気管からビニールホースを引き込み、ビニールテープ等で窓ガラスに目張りをし、エンジンを始動させて排気ガスを車内に充満させた。そのため、花子は一酸化炭素中毒により死亡した。

二  争点

1  被告の責任原因及び過失割合

原告は、被告が花子の自殺を教唆したと主張する。

これに対し、被告は、被告の責任は自殺幇助の程度に止まると主張する。

2  損害額

第三判断

一  責任原因について

証拠(〈書証番号略〉)及び弁論の全趣旨によれば、以下の諸事実が認められる。

1  被告(当時二六歳)は、過去に結婚及び離婚歴各三回を有し、三人の子があり、これまでに飛降りによる自殺及び心中を実行しかけたことが少なくとも二回あった。

2  花子は、高校三年生で、成績は中以上であり、卒業後の就職先が内定していた。

3  被告は、平成三年八月一一日、休暇で海水浴に出掛け、花子と知り合い、同月一八日同女と性的関係をもち、以後右関係が続き、同年一〇月一二日から被告の広島市内の社宅で同棲するに至った。

4  被告は、同月二七日、花子に対し、過去の男性関係を執拗に尋ね、花子から同女が複数の男性と関係のあったことを打ち明けられ、心理的に衝撃を受けた。被告は、同女の顔や身体に殴る、蹴るなどの暴行を加えたうえ、手の甲に煙草の火を押し付け、「死んで責任を取るとでもいうのか。」と申し向け、さらに台所から包丁を持ち出して畳に突き立て、「これで自分の腹でもかっさばいて死ぬか。」と申し向けた。被告は、同女が「ウン。」と返事したものの、包丁をとらなかったことから、さらに同女に対し、「俺を殺せ。」といったうえ、「どんなことをしても詫びるというなら、俺に殺されてもいいのか。」と申し向け、同女に死を承諾させた。被告は同女に、「以後、私の命の権利を乙山次郎にすべて一任することをここに誓約いたします。今後私が乙山次郎に命をうばわれても一切かまいません。」などと口授し、同内容の念書を作成させ、同女に血判させた。被告が同女に右念書を作成させた動機は、被告が殺人犯の汚名を着ると自分の子供が可哀そうだということにあった。

5  被告は同日、花子との心中を決意して、乗用車に同女を乗せて広島を出発し、同月二八日、群馬県高崎市にある実家に立ち寄るなどしたうえ、同月三一日、同市内で排気ガス心中に用いるため、ビニールホースやビニールテープ等を買い求めた。

6  本件心中を決行した場所は被告が選んだ。被告は、ビニールホースの配管やビニールテープ等による目張りの大部分を行い、花子に精神安定剤を手渡し、自己の左手と同女の右手をビニールテープで二回巻き付け、アクセルをふかして車内に排気ガスを導入し、同女との心中を図った。

7  被告は、司法警察員の取調べに対し、被告自身の自殺を考えるとともに花子が自殺を考えるまで追いつめたことを認めた。

以上の認定事実、ことに被告が社会人であって、過去に各三回に及ぶ結婚・離婚歴があり、自殺及び心中を図ったことがあること、花子は健康な高校三年生であったこと、その他、上記の心中に至るまでの経過に鑑みると、被告は本件心中による花子の死亡について、単なる自殺幇助に止まらず、同女に死を決意させた責任を負うべきものと認めるのが相当である。

なお、〈書証番号略〉によれば、被告が平成四年三月二四日、新潟地方裁判所長岡支部において、自殺幇助被告事件につき懲役二年の刑に処するとの判決を受けたこと、同判決は量刑の理由として、「被告人がいまだ思慮の浅い同女を心理的に追い込んでいったことは明白であり、その責任は重大である。」と判示していることが認められる。右刑事判決は、検察官の公訴提起に応じ、その限度において、被告の刑事責任を認定したものに過ぎず、本件における被告の損害賠償責任の判断に何ら影響を及ぼすものでない。のみならず、右刑事判決が量刑の理由として判示するところは、被告が花子を心理的に追い込んだとして、被告に教唆に類する行為があったことを示してもいるのである。

二  損害額について

1  花子の損害

(一) 逸失利益(原告主張額三七九四万二四六一円) 三五六一万四四六七円

平成二年度賃金センサスによれば、女子労働者の学歴計平均賃金は二八〇万〇三〇〇円であるが、生活費三割を控除し、花子は一八歳から六七歳までの四九年間就労が可能と推認されるから、四九年のライプニッツ係数を乗ずると、花子の逸失利益は次の算式により、上記金額が算出される。

2,800,300円×0.7×18.1687 = 35,614,467円

(二) 慰謝料(原告主張額五〇〇〇万円) 一二〇〇万〇〇〇〇円

花子の年齢、家族構成等に照らし、右の額をもって相当とする。

(三) 合計 四七六一万四四六七円

2  原告の慰謝料(原告主張額五〇〇〇万円) 四〇〇万〇〇〇〇円

原告が娘である花子を失ったことによる精神的損害を金銭に換算すると、右の額をもって相当とする。

三  過失相殺について

一で認定した事実によれば、被告は未成年者の花子を心理的に心中を決意させるまでに追い込んだ責任があるものの、花子はその決行に至るまで被告から逃避する機会があったのに逃避せず、結局、被告との心中に同意していたものであるから、花子の損害については花子自身が七割、被告が三割の各責任割合と見るのが相当である。

しかし、娘をなくしたことによる原告固有の損害についての被告の責任を考えるに当たり、花子の落ち度を斟酌することは相当でない。

四  結論

以上によれば、原告の請求は、花子の損害額の三割のうち原告の相続分(二分の一)の七一四万二一七〇円と原告の損害額四〇〇万円との合計額一一一四万二一七〇円及びこれに対する不法行為の日である平成三年一〇月三一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当である。

なお、被告の仮執行免脱宣言の申立ては相当でない。

(裁判官 太田幸夫)

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